活動レポート

TOMOATSU GODAI PROJECT

歴史物を映画にすることの意味

人間は失敗の体験に学んだ時に初めて成長し、一人前の大人になる。

それと同様に、国家の進むべき道を探るには、江戸末期、明治維新の隠蔽された歴史的事実を理解する必要性が大である。それには五代友厚の人生を垣間見る必要が大であると今考え、プロジェクトを始めた。

五代は薩摩藩のエリートでありながら(新渡戸稲造が宣伝している)武士道に見切りをつけ、官から民に下り、死ぬ直前に戸籍を大阪に移し、又贋札事件、北海道払い下げ事件で叩かれ、死後政商として批判され、歴史上隠蔽されてきた。

隠蔽されてきた歴史的事実こそ、国民に暴露されなければ意味がない。それも物語にして娯楽作品に、つまり映画に仕上げないと国民に理解してもらえない。

アメリカの映画がそうであるから芸術的で面白い。

最近の韓国映画の躍進の元はそこにあり、だから素晴らしい。成長している国は複雑で、衰退している国はシンプルと言われる。今の国際政治は複雑化している。

一方日本人はすべてを「敵か味方か」の二元論でしか語れなくなっているので、複雑な外交的交渉ができないでいる。

今回の五代友厚の映画「天外者」で、人間のその複雑性が果たして画けたであろうか!?御覧頂いたうえで皆様の批判を受け賜わりたい。

日本人は自力で革命も出来ていないし、民主主義教育も米国任せだったし、そののちの指針も資本主義一辺倒だったのである。生きる指針を自らが探し当てる能力を持たない日本の子供達は無意味に同質化、現格化してしまっている!果たして日本の未来を託せるか?

哲学界は実存主義から構造主義となり、その後は学問である立場を放棄し、サブカルチャーに吸収されてしまったのか?

          知識人よ、マスコミよ、芸術家よ、生き返れ!

内田樹はニーチェに学び、「過去のある時代における社会的感受性や、身体感覚のようなものは、「いま」を基準にしては把握できない。過去や異邦の経験を内側から生きるためには、繊密で徹底的な資料的基礎づけと、大胆な想像力とのどやかな知性が必要とされる。」と言って、

          次にフーコーに学び、歴史の学び方について、「(歴史上の)出来事はどのように語られてきたか?」ではなく、「これらの出来事はどのように語られずにきたのか?」である。その答えを知るためには、出来事が「生成した」歴史上のその時点まで遡って考察しなければならない。考察しつつある当の主体であるフーコー自身の「いま、ここ、私」を「カッコにいれて」歴史的事象そのものにまっすぐ向き合うという知的禁欲を自らに課さなければならない。それこその学術的アプローチであると語り、

          最後にレヴィストロースの考え方「人間は生まれた時から『人間である』のではなく、ある社会的規範を受け容れることで「人間になる」。

「隣人愛」や「自己犠牲」といった行動が人間性の「余剰」ではなく人間性の「起源」であると紹介しているのである。

そのように歴史物を取り扱う時の前を我々に示してくれている。(寝ながら学べる構造主義」から引用

令和2年7月21日

廣田 稔

「五代友厚(仮題)」映画製作委員会

  • 製作者:廣田 稔  製作委員会プロデューサー:鈴木 トシ子
  • 映画製作委員会:五代友厚プロジェクト、鹿児島テレビ放送、奈良新聞社、クリエイターズユニオン、廣田稔法律事務所
  • 出資者:製作委員(個人、団体多数
  • 製作会社:クリエイターズユニオン
  • 後援:大阪商工会議所、鹿児島商工会議所、大阪天満宮、公益財団法人 大阪観光局(予定)