熊本県人吉市の実家の仏壇の柱に「かわいくば五つ教えて三つ誉め二つ叱ってよき人にせむ」との紙が貼ってあった。おそらく私のおだてに乗りやすい性格はそのときに身についた。学校の授業も中身がわからないままわかったふりをして点数、成績のみに拘った。何より母に誉められ好きな女の子にもてたいと思った。
医学部受験も落ちて当然であった。しかし、昭和40年鹿児島大学法文学部が受け入れてくれた。ビートルズ・三島由紀夫も知った。(そこで七高造士館時代の 「天才的なバカになれ!バカの天才になれ!」との薫陶を受けたかった。)
法律の知識を詰め込み理論的な枠組みでは物事が解決しないことを知り法の支配(RULE OF LAW)の精神を体得する必要性を感じた。
司馬遼太郎・西田幾多郎・内田樹の本に相談した。その中で二度目ではあるが自分に実力が無いのに司法試験にたまたま受かっただけで自己肯定していた自分がいかに未熟であるか確知させてもらった。一度目は19歳の時である、自裁の真似事をして錦江湾に身を委ねた。しかし、泳ぐ中で父、母、妹、桜島、夜光虫から愚かなままでよい今少し生きてみよと勇気づけられた。
二度目は55歳を超えていた。生き方の転回をどう図るか?
日々の仕事だけは怠る事はしなかった。人には自己否定こそが自己肯定の出発点ですとか自己否定も自己肯定もありません、単なる自己認識の中でのとらえ方の違いでさしたる違いはありませんと伝えてきた。
そしたら、残る自分はなにか?自分の感情だけか?それだと自分にはおだてにのりやすい性格しか残らないのか?
西田幾多郎は自分の中に神が内在していると励ましてくれるがユバル・ノア・ハラリはその神さえ人間の知恵が創った仮設であると断言する。神だけでなく憲法も法の支配も仮設であると言われる。
人間に目的がなく不安であるのと同様に世界にも目的がなく不安である。世界や地球が人間の欲につぶされようとしている現実だけが重くのしかかってきている。しかしその重さは経済的貧困に直面したときにしか自覚することができない。自己の未熟さはそこにある。
すべて個人的英知では解決しない。集合的英知の発見の旅に出る必要が大でありその旅に出ることが人間の人間たる所以である。旅に出る決意と実行することによってのみ初めて自己肯定の船出をすることができると信じ日々努力しているつもりである.その後押しを三浦春馬・中村哲先生・五代友厚がしてくれている。